遺産は相続が開始された時点で、一旦相続人全員の共有となります。その後、遺産の分け方について相続人全員で話し合うのが遺産分割協議です。遺言があった場合でも、遺言書に書かれていない遺産があった場合はそれについて、また遺言に書かれた内容に不服がある人が複数いる場合も、遺産分割協議を行います。相続人同士で話がまとまればよいのですが、まとまらない場合、または話し合いができない場合には、各相続人は家庭裁判所に対して、遺産分割の調停又は審判の申立てをすることができます(民法898条,907条1項,2項)。

相手が話し合いに応じない

遺産分割協議をしたくても、一部の相続人が話し合いに応じない場合、協議自体を進めることができなくなります。遺産分割の内容は、最終的に「遺産分割協議書」にまとめられて、そこに相続人全員の署名と実印による捺印が必要になるためです。
このように、故意に遺産分割協議を妨害する人に、他の相続人はどのような対処ができるでしょうか。現段階では、残念ながら、よほど悪質でない限り、遺産分割協議を妨害する人を罪に問うことも、また相続人から除外することもできません。
そこでこのような場合は、相続人からの申し立てにより、家庭裁判所で遺産分割調停ができます。これは相続人の間で遺産をどのように分けるかを、家事審判官(裁判官)と調停委員で作る調停委員会が、中立公正な立場で調整をします。そして申立人、相手方それぞれから言い分を聞いて、話し合いで円満に解決できるように斡旋をする制度です。もしこれでも話し合いができない場合は、審判手続きに進めることになります。

具体的な相談例

Q: 遺産分割協議でもめた場合、裁判所でどのような手続きをとることができますか。
A:遺産分割協議が揉めた場合には、各相続人からの申し立てにより、家庭裁判所は段階的に2つの手続きをします。初めは「遺産分割調停」です。これは家事審判官(裁判官)と調停委員で作る「調停委員会」が、申立人、相手方それぞれから言い分を聞いて、話し合いで円満に解決できるように斡旋をする制度です。当事者の間に介入して話し合いを進めてくれるため、当事者が直接話し合いをする必要がありません。そのため、当事者同士の感情的な対立を避けることができ、話し合いを進めやすくして円満な解決に導く方法です。
しかし、どうしても話し合いができなかったり、折り合いがつかなかったりするなど、「遺産分割調停」では解決が困難であると判断された場合には、家庭裁判所は引き続き事件を審判手続に移します。そして法律に従って、裁判所としての判断を示すことになります。

まずは「調停」で解決を目指す

先に示したように、家庭裁判所はまずは「遺産分割調停」での解決を目指します。遺産分割協議は、離婚などの場合と異なり、「調停前置主義」ではありません。「調停前置主義」とは、まず調停を経てから、審判に入らなければいけない、というものです。しかし遺産分割協議は「調停前置主義」相当案件ではないため、調停を経ずに一足飛びに審判を仰ぐことも、理論的には可能です。ですが、実際にはまず「遺産分割調停」から始められるのがほぼ100%です。
「遺産分割調停」は、相続人のうちの1人もしくは何人かが、他の相続人全員を相手方として申し立てて始まります。調停手続では、家事審判官(裁判官)と調停委員で作る「調停委員会」が、申し立てた方と、申し立てられた方の双方から事情を聴きます。また、必要に応じて資料等を提出してもらったり、遺産について鑑定を行うなどをして、遺産分割全体の事情をよく把握します。そのうえで、各相続人が、それぞれどのような分割方法を希望しているかという意向を確認して、解決策を提示したり、解決のために必要な助言をして、円満な合意ができるように手助けをします。「調停委員会」は公正公平な立場で、聞き取りから助言までしますので、どちらかを罪に問う、といったものではありません。
また当事者同士の話し合いの場合でも、当事者同士で直接面談して話し合いをする必要はありません。「調停委員会」が仲介して話し合いをするので、感情的な対立を避けることができます。
遺産分割協議がうまくいかなかった場合には、まずこのように「遺産分割調停」で、遺産分割協議がまとまるように導くのが現在のところ、家庭裁判所の方針と言えます。

遺産分割調停の呼び出しを無視される場合も

家庭裁判所で「遺産分割調停」を行っている時点でも、「調停委員会」からの呼び出しを無視する相続人もいます。相続人が行方不明の場合には相応の手続きが可能ですが、所在は確認できるのに裁判所からの連絡を無視する、ということで大変厄介な存在ですね。
この場合には、何ができるでしょうか?基本的には「家庭裁判所による調停の呼び出しを無視して、話し合いに応じないことは、あなたのデメリットになる」という点をわかりやすく、また根気よく伝えることです。では実際に「遺産分割調停」に応じないことで、どのようなデメリットがあるのでしょうか。時系列によってポイントを並べます。

相続放棄ができなくなる

遺産と言ってもプラスだけでなく、マイナスの遺産もあります。債務や借財というものですね。その放棄の手続き期限は、相続が開始した日から3か月です。これを超えると、相続放棄ができなくなり、借財も相続せざるを得なくなります。

相続税が高くなる可能性がある

遺産分割協議が進まないと、相続分が決まらず、結果的に相続税の申告ができなくなります。相続税の申告期限は、相続が開始した日から10か月と定められています。もちろん、この10か月という期限を超えても申告は可能ですが、申告期限を過ぎてからの場合、特例制度の利用が認められないことがあります。例えば配偶者の特例、そして小規模宅地等の特例といった、税額を大きく圧縮する特例が使えなくなると、相続税額が高くなる可能性が十分にあります。

遺産の処分ができない

不動産から預貯金まで、遺産相続協議が成立していない段階では、全ての遺産が一時的に全相続人の共同財産となります。そのため、相続人全員の同意が無ければ、遺産を一切処分することができなくなります。地価が下がった場合などは、その損失は大きくなることが予想されます。

「調停」で話が進まない場合は「審判」になります

どうしても話合いがまとまらずに、家庭裁判所の調停が不成立になった場合には、自動的に「遺産分割審判」の手続が開始されます。事件として裁判官が、遺産に属する物又は権利の種類及び性質その他一切の事情を考慮して、審判をすることになります。
「遺産分割審判」は、遺産分割協議や調停のような話し合いによる手続きではありません。相続人それぞれが、自分の考えを主張し、相続人どうしで主張を戦わせる争いになります。これは訴訟と同じようなものと考えるとイメージが湧きやすいでしょう。
「遺産分割審判」の日には、基本的に話し合いではなく、各相続人が主張と立証を展開します。具体的には、自分の主張を法律的にまとめた書面と、その内容を証明するための証拠を提出します。相手の主張に反論がある場合には、反論の書面とその内容を証明するための証拠を提出します。
このようにお互いがそれぞれの主張と立証を展開していくことにより、遺産分割審判の手続きが進められます。お互いに面と向かって、自分の主張を展開し、相手の主張に反論しますので、感情的な対立は最高潮に達することが予想されます。また将来にも影響を及ぼすでしょう。ここまでこじれてしまうと、その後の人間関係を修復させることは大変難しいことが容易に想像できます。これがいわゆる「争族」ですね。
遺産分割審判の期日の回数や期間についても特に制限はなく、それぞれの相続人の主張内容や争点が整理できるまで何度でも開かれます。争点が多岐に及ぶケースなどでは、審判の期間だけでも1年以上かかるケースもあります。
最終的に相続人らによる主張と立証が尽くされたら、審判官(裁判官)が審判をします。審判では、裁判官が当事者の主張内容と提出された証拠を考慮しながら、ケースに応じて最も妥当と考える方法で遺産分割方法を指定してしまいます。誰の主張が採用されるかはわかりませんし、裁判官自身が判断してしまうこともあります。
また、審判では法律に従った分け方しかできないので、事案に応じた柔軟な解決方法を実現することは難しくなります。長期間争いを繰り広げたにもかかわらず、どの相続人も満足することができない結果になってしまうこともあります。

家裁だけで解決できない争い

家庭裁判所だけでは解決できないこともあります。具体的なケースで説明していきましょう

具体的なケース Aさん

例えば、Aさんのケースです。父親が死亡し、遺産は父親が住んでいた家(土地と建物で計2500万円)と預貯金が500万円の合計3000万円です。相続人はAさんと弟の2人ですが、父親は遺言を残しており、「Aさんに家、弟に預貯金を相続させる」とありました。

ところが、弟は、「最低限の相続分である遺留分を侵害している。父の家を売却してでも支払え」と主張。介護などのため父親の家に同居し、今後も住み続ける考えのAさんは応じる考えはなく、家庭裁判所の調停でも決着しそうにありません。どうすればいいでしょうか。

遺留分が侵害されているといっても、侵害行為は当然に無効になるわけではありません。当事者が合意すれば、侵害があっても調停は成立します。ところが、弟が遺留分を取り戻す行為、つまり「遺留分減殺請求権」を行使すれば、話は別です。裁判になれば、裁判官は法律どおりに弟に請求権を認め、遺留分を渡すように命じることになります。

ここで問題なのは、遺産に親の家など不動産がある場合です。例えば、遺留分を取り戻すには親の自宅のうち一部を遺留分権利者の名義にする必要があります。Aさんと弟が家を共有するわけです。最も避けたいパターンです。Aさんはそこに住んでいますが、弟は住んでいないため、不動産を所有しても仕方ないので家を売って現金で分けるように要求するでしょう。

弟がこう要求すれば、法律的には「共有物分割の請求」となります。遺産分割ではないので、紛争の解決は家裁ではなく地方裁判所の管轄になります。
通常の裁判になると感情的なもつれがさらに複雑になる可能性もあります。相続財産が親の自宅程度という場合は代償金を用意しておくほうが無難でしょう。

遺産分割調停にかかる弁護士費用

遺産分割調停にかかる弁護士費用は、2014年に弁護士費用が自由化されてから、各弁護士が自由に設定できるようになりました。そうはいっても、ある程度のラインを引いている弁護士が多く、その大半は「旧日弁連報酬規程」に基づいています。
「旧日弁連報酬規程」で調停に関わる部分だけを抜粋すると、以下の通りです。

 着手金報酬金
調停および示談交渉事件事件の経済的利益の額が300万円以下の場合:(経済的利益の)8%

300万円を超え3000万円以下の場合:5%+9万円

3000万円を超え3億円以下の場合:3%+69万円

3億円を超える場合:2%+369万円

※事件の内容により、30%の範囲内で増減額できる

※着手金の最低額は10万円

事件の経済的利益の額が300万円以下の場合:(経済的利益の)16%

300万円を超え3000万円以下の場合:10%+18万円

3000万円を超え3億円以下の場合:6%+138万円

3億円を超える場合:4%+738万円

※事件の内容により、30%の範囲内で増減額できる

日当半日(往復2時間を超え4時間まで)3万円以上5万円以下
1日(往復4時間を超える場合)5万円以上10万円以下

なお、この費用は訴訟と同額なので、調停だけの場合にはこの2/3になる場合もあります。
また、弁護士事務所によっては、着手金はこの表のとおり、報酬金は独自のもの、という場合や、全ての費用について独自に報酬規程を定めている場合があります。まずは無料相談などを使って、費用の概算を聞いてみましょう。そしてできれば正式に依頼する前に見積もりを取っておくことをおすすめします。費用と同時に、自分との相性なども確認してから、契約をしましょう。

まとめ

遺産分割協議がうまくいかないと、遺産相続そのものがストップしてしまいます。内輪のことなので、できれば当事者だけでうまく話し合いをしたい、と思うかもしれません。けれども、もし分割協議がうまくいかない、または非協力的な相続人がいる場合には、当事者だけで話し合いを進めるのは適切とは言えません。互いが感情的になり、対立してしまって、さらに揉める可能性が高いからです。
このような場合には、早めに専門家に相談をしましょう。その場合に的確なのは弁護士です。弁護士はあなたの代理人にもなれますし、当事者同士の仲裁もできる、唯一の士業だからです。話し合いがうまくいかない、と思ったら、迷わず弁護士に相談しましょう。傷を広げず、円満な解決への近道がそこにあるからです。

監修者

氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)

-コメント-
わからないことや不明点は積極的に専門家へお尋ねすることをおすすめします。