預貯金を他の財産と合せて遺産分割の対象とできるかどうかが争われた審判の許可抗告審で、最高裁第1小法廷は平成28年3月23日に審理を大法廷に回付しました。

争われているのは、亡くなった男性の遺族が、男性名義の預貯金約3800万円について別の遺族が受けた生前贈与などと併せて遺産分割するよう求めた裁判で、第一審の大阪家庭裁判所は、3800万円の預貯金について相手方の合意がないとして遺産分割協議の対象外とし、第二審の大阪高等裁判所もこれを支持しました。

最高裁判所の判例では「預貯金は相続によって当然に分割されるため、遺産分割協議の対象外」としていました。
しかしながら、遺産分割前に相続人が法定相続分の預金の払い戻しを求めても、金融機関は相続人全員の同意がなければ応じないケースが多くなっています。また、家庭裁判所での調停手続きでも相続人間の合意があれば、預金を遺産分割の対象に含めており、判例と実務で差が生じてきてしまっているのが現状です。

そこで、今般、最高裁判所では、実務との隔たりを埋めるために、判例を見直すものとみられます。

民法第896条では以下のとおり定めています。
「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する、ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。」
相続が開始されると、相続財産は遺産分割によって各共同相続人の具体的な相続分が決まるまでの間は、各相続人の法定相続分に応じて共有とされるのが原則です。

また、被相続人に一身専属的に帰属している財産以外は、原則として遺産分割の対象となる相続財産であると考えます。
しかしながら、その財産の性質上、遺産分割の対象とならない財産もあるので、以下でご説明致します。

 

■預貯金

相続財産のうち最も典型的なものの一つに預貯金があります。
この預貯金は、銀行などの金融機関が管理保管している被相続人の金銭のことですが、法的には、被相続人の金銭を預けている各金融機関に対して、その預貯金の払い戻しを請求できる権利がるということになり、現金とは区別した取り扱いがなされることになっています。

ところが、原則、預貯金については上記でも述べたとおり、相続財産ではあるものの、遺産分割の対象となりません。
判例では、以下のように判示しています。

「相続人数人ある場合において、相続財産中に金銭の他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解すべきである。」(最判昭和29年4月8日)

つまり、金銭債権などの可分債権は、相続の開始によって当然に分割され、各共同相続人がそれぞれの相続分に応じて分割された債権を取得することとなるのです。

たとえば、父母と子2人(長男及び長女)の4人家族で父親が亡くなり、相続財産として1000万円の預貯金があった場合であれば、遺産分割をしなくても、相続の開始と同時に、母親は法定相続分1/2の500万円、長男及び長女は各法定相続分1 /4の各250万円ずつの、預貯金の払い戻し請求権が認められるということになるのです。

 

■金融機関側の応対について

上記のように、判例によれば、相続人間での遺産分割協議を行わないでも相続の開始によって当然に、共同相続人各人がそれぞれの法定相続分に応じて、各金融機関に対して預貯金の払い戻し請求ができることとなっています。

ところが、上記の事例で、たとえば長女が金融機関で自身の法定相続分250万円について払い戻しの請求を行っても、金融機関はその払い戻しに応じないことが多いのが実状のようです。

金融機関の実務においては、共同相続人全員の同意書や承諾書、または遺産分割協議書及び遺言書などがない限り、共同相続人中の一人からの法定相続分に応じた預貯金の払い戻しには応じない、という取り扱いになっているのです。

これは、後に遺産分割で紛争等に発展し場合に責任を問われることを回避するためではないかと考えられます。
たとえば、金融機関が長女に法定相続分250万円の払い戻した後に、母親から「遺産分割協議の結果、預貯金は全て母親が相続することになったので、1000万円を払い戻してください」と言うような事態が起こり得るからです。こうした事態を避けるために、金融機関では誰が相続するのか、遺産分割協議書や遺言等で確認した上で、払い戻しに応じる、という取り扱いにしているようです。

 

■不動産利用権

被相続人の有していた不動産の「賃借権(賃貸借契約によって得られる借主の権利。借主は契約の範囲で目的物を使用収益できる一方、貸主に賃料を支払わなければならない。)」は、相続財産にあたり、遺産分割協議の対象となります。

一方、不動産の「使用貸借権(当事者の一方(借主)が無償で使用及び収益をした後に返還をすることを約して相手方(貸主)から目的物の引き渡しを受ける権利のこと。)」は、民法第599条により、借主の死亡によって、その効力を失う、とされているため相続の対象とはなりません。

 

■被相続人の債務

被相続人の抱えていた借金等の債務については、負(マイナス)の相続財産として相続人に相続されることになりますが、遺産分割協議の対象とはなりません。

債務については、相続人の法定相続分に応じて当然に分割され承継することとなるのです。したがって、共同相続人間で法定相続分と異なる割合で債務負担について遺産分割協議を行った場合でも、それはあくまで当事者間での取り決めであり、共同相続人間では有効となりますが、債権者にはなんら影響を及ぼさないのです。

 

■帰属上の「一身専属権」も相続されない

民法第896条但書きでは、「被相続人の一身に専属したものは、この限りでない」と定めており、被相続人の一身に専属した権利は相続しないこととなるのです。

これを「帰属上の一身専属権」といいますが、それは「当事者の個人的信頼関係を基礎とする法律関係」と定義されています。具体的には、扶養請求権や身元保証人である地位、生活保護の受給権などがこれに該当するものと考えられます。

扶養請求権とは、一定の親族関係にある者の間で、扶養を必要とする者(扶養権者)が扶養可能な者(扶養義務者)に対して扶養を求める権利のことをいいますが、これは扶養権者の要扶養状態や、扶養義務者の資力などの要件が必要となるため、扶養権者である被相続人が死亡したことにより、当然に相続されるという類のものではありません。

身元保証人である地位については、個人間での信頼関係で引き受けられると考えられているため、被相続人以外の者、つまりは相続人に帰属するのは適当でないのです。
生活保護受給権についても、扶養請求権と同様に、受給権者の要保護状態等の要件が必要となるため、受給権者本人に専属する権利であるといえます。

また、一身専属権には「行使上の一身専属権」といわれる権利があります。これは「行使するか否かは本来の権利者個人の意思に委ねるのを適当とする権利」と定義づけられていますが、具体的には、損害賠償請求権や、慰謝料請求権、遺留分減殺請求権などがこれに該当するものと考えられます。

損害賠償請求権は、不法行為や債務不履行があった場合に、加害者や債務者に対して発生する権利だが、金銭債権であり、原則は相続の対象となります。
慰謝料請求権も、被害者個人の心情に基づく損害賠償請求権であり、同様に金銭債権であるため、想像の対象になると考えられています。

今後、冒頭の最高裁判所での判断次第では、上記についての取り扱いも変更されていく可能性があります。
遺産相続について、不明な点などがあれば、お気軽に当センターまでご相談ください。

監修者

氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)

-コメント-
相続問題は相続人によって異なります。相続人は親族であり、その後も長い時間をかけて付き合う可能性が高い相手。だからこそ、円滑に、そしてお互いが納得した遺産相続手続きを進めたいですよね。