今回のご相談は,ご相談者(東京都在住)の祖母が亡くなり,すべてを母親に相続させる内容の公正証書遺言書が残されていました。遺言執行者も母親に指定されていました。相続人は,母親と叔父の2人です。

そもそも祖母は,福岡で叔父夫婦と同居をしており,身の回りの世話を叔父夫婦に看てもらっていました。しかしながら,祖母に対する叔父夫婦の扱いがとても酷く,それを心配した母親は,月に一度,東京から福岡まで様子を見に行っていたほどでした。

祖母の具合が悪いことに母親が気付いて病院に連れて行ったところ,入院させなければならなかった,というようなことも何度かありましたし,祖母の最期の時も,具合が悪いことに母親が気付いて入院させ,その3ヶ月後に亡くなってしまったのでした。
そのような状況の中で,以下のようなご相談をいただきました。

 


➀祖母がまだ存命だった頃,同居していた叔父が祖母の預金を勝手に使い込んでいたことが発覚したため,その後は,祖母名義の通帳については母親が預かっていました。
祖母の葬儀終了後,葬儀代金を支払う,とのことで叔父から通帳を渡すよう要求されましたが,それまでの経緯もあったため引き渡しを拒否したところ,それ以後連絡がなくなってしまい,その後,叔父が勝手に銀行預金を解約していることがわかりました。解約されてしまった分を取り戻すことはできないのでしょうか。

➁祖母が叔父夫婦と同居していた家については,土地が祖母名義,建物が叔父名義となっていますが,叔父が同居をしていたことから,当然に自分が相続できるものと思っていたようです。
ところが,母親としては,生前の祖母に対する叔父らの対応に不満があり,叔父の思い通りにはしたくないとの気持ちがあります。土地だけの売却も考えていますが,建物名義は叔父になっており,現在も住んでいるため,なかなか売却ができません。何か良い方法はないでしょうか。

➂未支給になっている年金は,相続財産になるのですか。


 

1 遺言執行者の責務

遺言執行者とは,遺言書の内容を具体的に実現する者をいいます。
遺言執行者は,遺言書に書かれている内容や趣旨に沿って,相続財産の管理,その他,遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有しています。一方で,他の相続人は,遺言の対象となった相続財産の処分,その他,遺言執行を妨げるような行為は禁止されています。この規定に反した相続人の行為は無効です。
叔父さまは,遺言書の存在をご存知なのでしょうか。お母さまは,遺言執行者として,お母さまが全財産を相続する旨の内容を,叔父さまに伝えて,理解頂くことが必要ではないかと思われます。

2 葬儀代金は誰が負担するのか

叔父さまから葬儀代金を支払うために,祖母の通帳を渡すように要求された件についてですが,葬儀代金は,本来,喪主が負担するものと考えられています。また,埋葬等の行為に要する費用については,祭祀継承者が負担するものと考えられています。
しかしながら,相続人間での合意が得られれば,相続財産から支出することも可能です。あくまで,相続人間の合意が優先されるのです。

3 相続財産が勝手に解約されたら

相続人である,お母さまの承諾もなく銀行口座の解約をした場合,かかる行為は無効です。
金融機関にもよりますが,一般的には,相続人全員の署名捺印,若しくは遺言書等がなければ,相続の発生した口座について解約することはできません。
今回のご相談のケースでは,まず,どのような経緯で解約されたか確認してみるべきです。その上で,全てをお母さまが相続する旨の公正証書遺言があり,また遺言執行者がお母さまと定められているので,叔父さまは何ら権限がないにもかかわらず,預金を解約していることになるので,不当利得となり,返還請求の対象となり得るものと考えられます。

4 親の土地の上に,子が建物を建てていたら

親名義の土地に,子ども名義の家を建てるというケースは,多いと思います。今回のご相談のケースでは,故人と叔父の間で,土地の賃貸借契約はなく,同居していたこともあり,ただで親の土地を使わせてもらっていたのでした。
このように,親が子に土地を貸していても,その対価を取らないなど,無償で何かを使用しているような法律上の関係を,使用貸借関係といいます。通常の意味での借地権は成立せず,借地借家法による権利の保護はありません。したがって,叔父さま名義の家があるからといって,自動的に叔父さまが相続することにはなりません。今回のケースでは,叔父さまに土地を買い取っていただくか,新たに土地についての賃貸借契約を結び,地代を支払ってもらう方向で,お話しをされたら宜しいかと思います。

5 未支給年金は誰のもの?

未支給年金とは,故人が生前に受け取るべき年金を,遺族が相続開始後に受け取るものです。
年金は死亡した月の分まで支払われます。

各偶数月に,それぞれの前月までの2か月分が振り込まれることになっています、たとえば,年金受給者が6月に死亡した場合,4月分の年金は支払月の6月に支払われることになります。この4月分の年金は遺族が請求することによって,遺族が受け取ることになるので,この未支給年金は相続財産に含まないことになっています。

このことについては,下記のような判例があります(最高裁判所判決平成7年11月7日)
国民年金法に基づく未支給年金については,「国民年金法第19条1項(未支給年金)の規定は,相続とは別の立場から一定の遺族に対して未支給の年金給付の支給を認めたものであり,死亡した受給権者が有していた右年金給付に係る請求権が同条の規定を離れて別途相続の対象となるものでないことは明らかである」と判示し,その相続財産性を否定しました。

これは,国民年金法第19条の規定においては,未支給年金の請求をすることのできる者の範囲及び順位について,民法の規定する相続人の範囲及び順位決定の原則とは異なった定め方をしていることから,民法の相続とは別の被保険者の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とした立場から未支給の年金給付の支給を一定の遺族に対して認めたものと解すべきことを根拠とした判断です。

国民年金法 第19条第1項(未支給年金)
「年金給付の受給権者が死亡した場合において,その死亡した者に支給すべき年金給付でまだその者に支給しなかったものがあるときは,その者の配偶者,子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹であって,その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは,自己の名で,その未支給の年金の支給を請求することができる。」

また,厚生年金法第37条1項の未支給年金の規定も,国民年金法第19条1項の未支給年金の規定と同様の法律構成によっていることから,厚生年金の受給権者が死亡しその遺族が支給を請求し受領した未支給年金も相続財産には該当しないと考えられます。

6 叔父さまには「遺留分」を請求する権利があります

お母さまに全財産を相続させたい,という故人の意思の表れが遺言書なので,やはり遺言書の内容は尊重されるべきものです。
しかしながら,他の相続人に対して不利益な事態を防ぐため,遺産の一定割合を保証するために,「遺留分」という制度が設けられています。遺留分をすることを「遺留分減殺請求」と言いますが,この権利は遺留分が侵害されたことを知った時から1年以内に行使しなければ,時効により消滅してしまいます。また,相続が発生した時から10年が経過しても,同様に時効により消滅します。
したがって,叔父さまから遺留分の減殺請求をされる可能性があることも,考慮しておく方が賢明であると思います。

監修者

氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)

-コメント-
相続問題は、家族や親族がお亡くなりの際、必ず発生します。誰にとっても、将来必ず訪れる問題だと言えます。わからないことや不明点は積極的に専門家へお尋ねすることをおすすめします。