※こちらの記事の内容は法改正により一部変更された内容が記載されている点があります。
修正された内容はコチラ「相続法の改正で、変更されたポイント」をご覧ください。

■母に将来を奪われる?

両親は私が幼少の頃に離婚しており、父の顔も知りません。
母が親権者として、女手一つで1人息子の私を愛情一杯育ててくれました。私はそのことに、感謝しきれないくらいありがとうの気持ちですし、母が亡くなるまできちんと扶養の義務も果たすと決めています。

しかし私は、性同一性障害です。生活も仕事も女性として生きています。
母が一生懸命育ててくれたことには本当に感謝しておりますが、母は私の病気を理解してくれません。そんな母が末期がんを患い、余命宣告を受けてしまいました。

そうしたところ、母が遺言書を作成したと言ってきました。内容としましては、私の今後を心配して様々なことを記載したようです。
「遺産の全てを息子に全て相続させる。」ここまでは問題ないのですが、他の内容が到底納得出来ないものでした。
たとえば「元夫のお世話になること」、「水商売や女性がやるような仕事に就かないこと」、「男性らしく生きること」、「性転換手術を絶対に受けないこと」等々です。

きっと、私のことを心配して書いてくれた気持ちは察しますが、父親と会うつもりもありませんし、男として生きるくらいなら死んだほうがマシです。ですから、母の言うとおりに出来ないのが正直なところです。

母の遺言の内容に反した人生を送ることは親不孝かもしれませんが、
法的に有効な遺言書だった場合、母の遺言どおりにしないと相続も出来なくなるのでしょうか。
余命いくばくかの母に、これ以上心配もかけられないので、今更遺言の内容を変えてくれとはとても言えない状況です。

■遺言

遺言とは、自分が死んだ後、「こうして欲しい」という要望を伝えることであり、その要望を相続人に伝えるための文書を「遺言書」といいます。遺言書は、お亡くなりになった方の最期の意思表示になるものです。

■遺言書の種類

遺言書は大まかに、普通方式(自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言)と特別方式(普通方式とは少し異なり、もうすぐ他界してしまう等の緊急時・船の事故や伝染病等外界と隔離されている状態などの特殊なケースに置かれた人が書く遺言書)に分類されます。一般的には遺言は普通方式によって行われます。

①自筆証書遺言

一番簡単な方法で、遺言者が書面に、遺言書の作成年月日、遺言者の氏名・遺言の内容を、自署で記入し、自身の印鑑を押印するという、いつでも自由に作成可能なものです。

②公正証書遺言

法務大臣が任命した法律の専門家が定められた手続きに従って作成する公文書で、公証人に対して遺言内容を伝え、公証人が遺言書に落としこむ形で作成した「公正証書」「認証」「確定日付」によって、権利義務関係について明確な証拠を残すものです。

③秘密証書遺言

自筆証書遺言と公正証書遺言の間の子のような遺言で、「内容」を秘密にしたまま、「存在」のみを証明してもらう遺言です。

■遺言書の内容

遺言書をのこす目的で多いのは、遺産分割などをめぐって相続人が争う「争族」を避ける対策が一番多いと言えます。
遺言には一定の法律的効力があります。内容が合理的で家族など相続人が納得できるものであれば、その速やかな執行が円満な相続につながります。遺言で何を述べようと基本的には自由です。ただ、法律上の効力が認められるのは、民法に規定された事項に限られます。これを「遺言事項」と言い、主に次のようなものがあります。

①婚姻外で生まれた子供(非嫡出子)を自分の子どもと認める認知や未成年者に対する後見人の指定など身分に関する事項
②各相続人の相続分の指定
③被相続人に非行を働くなどした相続人廃除
④どの財産を誰に相続させるのかなど遺産分割方法の指定
⑤遺言執行者を置く場合、その指定
⑥遺言により財産を無償で相続人や他人に与える遺贈や信託の設定
⑦祖先の墓、仏壇、祭具などを承継する祭祀承継者の指定
⑧生命保険金の受取人の変更

また、以上の遺言事項以外に遺言者の意思の表明もできます。法律的効力はありませんが、遺言者の最後の意思として相続人は尊重する必要があるでしょう。
それを「付言事項」と言います。遺言の動機、内容についての説明、葬儀の方法や埋葬場所などについての希望などが多いですね。
「遺言事項」を整理するためには、自分の財産の種類や金額を調べて記録を作っておく必要があります。次に、誰にどの財産を相続させたり遺贈したりするのが良いのか、自分の希望だけでなく、相続人の立場も踏まえて判断するのが望ましいでしょう。

■まとめ

本件の相談について考えてみましょう。
まず、母の相続人となるのは、離婚をしているため元夫は相続人とならず、子供である長男(相談者)のみです。ですから、本来遺言書がなくとも母の遺産を相続するのは相談者のみです。このことは、母も理解しているとのことでしたから、母としては、相談者が言うとおり相談者の将来を心配して遺言を作成したことが推察されます。
さて、相談者の心配している遺言の効力はどこまで及ぶのでしょうか。
遺言は法律上の効力が認められるのは、民法に規定された事項に限られるというのは上記で説明したとおりです。母が書いた「元夫のお世話になること」等などは、民法に規定された事項ではなく「付言事項」となります。

ついては、法律上の効力はありませんので相談者が無視をしたところで相続が出来なくなると言った事態は起きないので心配無用でしょう。
上記で、付言事項についても「遺言者の最後の意思として相続人は尊重する必要がある」と回答はしましたが、相談者の人生を犠牲にすることまでは母も望んでいないでしょう。ここは気持ちだけ受け取って、出来る限りの感謝を最後までお伝えされればよろしいのではないでしょうか。

監修者

氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)

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