私は現在癌を患い、余命半年の宣告を受けています。2人の子供を設けましたが、夫はすでに他界し、長男夫婦と暮らしています。
実は、次男が2年前に酒の席での口論から同僚を殺害してしまいました。懲役15年で、少なくともあと10年は刑務所です。長男は仕事も変わり、引越しをし、孫たちは転校もしました。本当に母として長男や嫁、孫には顔向けできません。

先日私の余命を知った長男から「犯罪者は相続人の欠格事由にあたるので相続する権利はない。早いうちに遺言書を書いて欲しい」と頼まれました。

長男には本当に迷惑をかけましたが、やはり私は次男の将来が心配でなりません。犯罪者の次男は、相続する権利は本当にないのでしょうか。

また、私が長男に誘導され本意でない遺言書を書いても、それはやはり有効なのでしょうか。どちらも大事な子供です。今少しでも体の動く間にどうにかしたいのです。

 

■相続人の欠格事由

相続資格のある者が被相続人や利害関係人となる他の相続人に対し、生命や遺言行為に対して故意に侵害をした場合に相続権を失わせる制度です。
そして、民法第891条で「次にあげるものは、相続人となることが出来ない」と定めています。

1 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者
2 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない。
3 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
4 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者
5 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者

上記はいずれも、被相続人と相続人との関係につき定めている為、今回の相談内容に照らし合わせれば、次男は相続人の欠格事由に該当しないということになります。

長男が「犯罪者は相続人の欠格事由にあたるので相続する権利がない」と言っているのは、下記の「相続廃除」と勘違いしてしまっているのか、または、感情的な部分で、迷惑をかけた分、当然相続する権利などない、と考えているのか、のいずれかと思料します。

なお、欠格事由があれば、相続人としての資格が強制的に失われますので、あえて裁判所に認めてもらうような制度は設けられていません。

 

■相続廃除

相続廃除とは相続人の欠格事由とは異なり、被相続人の意思により相続人の権利を失わせる手続きです。
民法第892 条では「遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者。以下同じ。)が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。」と定めています。

そして、その対象としては以下のような要件に当てはまる場合によります。

1 被相続人を虐待した
2 被相続人の財産を勝手に処分した
3 ギャンブルなどに溺れ、被相続人に多額の借金を負わせた
4 浪費・遊興・犯罪・反社会団体への加入・異性問題を繰り返すなどの親不孝行為
5 重大な犯罪を起こし、有罪判決を受けた(一般的には、5年以上の懲役判決)
6 財産目当ての婚姻や養子縁組

「相続人の欠格事由」は滅多にないことですが、相続廃除の要件は比較的身近で見聞きするものです。しかし、浪費や異性問題など、程度によっては図り辛い部分もあり、数回を以って相続廃除となるかの判断は極めて難しく、単に気に入らないからとういだけの理由で、以前の行為を蒸し返し、相続廃除を求める事は非常に厳しいと思料します。

相談者の場合は「重大な犯罪を起こし、有罪判決を受けた」という部分に抵触しますので、相続廃除は可能かと思われますが、あくまで家庭裁判所の審判に委ねなければなりません。

なお、相続廃除の対象は遺留分の請求権利を有する推定相続人のみとなっていることから、遺留分の請求権利を有していないい兄弟姉妹には、相続廃除の請求は及びません。兄弟姉妹に財産を渡したくないと考えている場合は、遺言書を作成すれば足りるからです。
なお、相続廃除は相続人の欠格事由と異なり、家庭裁判所に申立を行わなければならず、その手続きは以下の2種類となります。

1 生前の相続廃除申立
生前に被相続人が相続人に対して相続廃除をする場合は、家庭裁判所に対して廃除請求の申立を行います。その後、調停の審判によって相続人を排除するか否かが決定されます。

2 遺言による相続廃除
被相続人は遺言で法定相続人の相続廃除をすることも可能です。被相続人の死亡により相続が開始された後、遺言執行者(遺言を執行する権限をもっている人。なお、遺言執行者は相続人の代理人と見なされ(民法第1015条)、やむを得ない事由がなければ、第三者にその任務を行わせることができない(民法第1016条))が家庭裁判所に廃除請求を申立てます。なお、遺言で相続廃除をする場合には必ず遺言執行者を定めておく必要があります。

 

■相続廃除の範囲

相続廃除者(欠格者含)に子供がいた場合は、その子供が代襲相続人となります。代襲相続人とは、推定相続人が死亡・相続欠格・廃除などによって相続権を失った場合、その代わりに相続をする人のことを言います(子や孫など)。
また、相続欠格は、特定の被相続人との間に起きるもので、別の被相続人の相続欠格にまで及ぶものではありません。例え父親の相続の際に相続欠格となっても、それが母親の相続にまで引き継がれるものではありません。

 

■相続廃除の撤回

相続廃除を撤回する方法は、2種類あります。

1 家庭裁判所に廃除の取消請求の申立を行う。
これは被相続人が相続人を許し、取消の請求をするわけなので、すべて被相続人の意志に委ねられます。

2 遺言書による相続廃除取消
相続の開始後、遺言執行者が家庭裁判所で行います。

 

■遺言書の効力

遺言は故人の最後の意志です。どのような内容を残すかはその人の自由であり、本来誰にも干渉する権利はありません。また、遺言書を作成するか否かの判断も自由です。

ご相談者は長男から遺言の作成を迫られているようで、複雑な思いもあるでしょうが、まずはご自身の意志を最優先させるべきですのでよくよくお考え下さい。

遺言書の作成には、幾つかの決まりがあり、それを満たしていればその遺言書は有効です。そして遺言書は何度でも書き換えることができ、常に最新の遺言書が有効となります。

仮に、長男の気持ちを納める為に、本意でない遺言書を作成すれば次男を傷付ける恐れもあります。または、長男に内密で、新に新しい遺言書を作成すれば、それを知ったときの長男の落胆は想像に難くありません。これは、相談者自身が決めるしかないのです。
なお、どのような遺言書であっても、脅迫や強要、強制によって作成された遺言は無効です。

 

■まとめ

次男の犯した罪は重く、加害者の家族である相談者にも多くの心痛があると思います。そしてまた長男の気持ちも察して余りあります。相続の廃除は可能かも知れませんが、出所後、少しでも多くの相続財産を手にすることが出来れば、次男の社会復帰の役に立つ可能性も否めません。

余命宣告されていらっしゃる今、限られた時間内で様々な考えが交錯していると思いますが、まずは長男としっかり話し合うことをお薦めします。然しながら、勇気を持って自身の意志を貫く事も忘れないで下さい。少しでも相談者の心痛が軽減される事を願っています。

監修者

氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)

-コメント-
相続問題は相続人によって異なります。相続人は親族であり、その後も長い時間をかけて付き合う可能性が高い相手。だからこそ、円滑に、そしてお互いが納得した遺産相続手続きを進めたいですよね。