Q:遺産分割協議が整っていません。相続税の申告はできますか?
A:申告はできますが、「小規模宅地の評価減の特例」などを適用する前の多めの税額を支払う必要があり、一時的にせよ負担感が増します。
多めの金額でいったん納税する場合も
相続税の申告期限は意外に早くやって来ます。原則として被相続人の死亡、つまり相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内と決められています。しかも税務署に申告書を提出するだけでなく、同時に納付もしなければなりません。金銭による一括納付が原則ですから大変です。
これに対して、遺産分割協議は「いつまでにやらなければいけない」という期限はありません。遺産分割協議が難航し、まとめたいのに決着が長引くこともよくあるケースです。
こうした中で、相続税の申告・納付が必要なのに、申告期限までに遺産分割協議がまとまらないことも少なくありません。相続税の申告はできるのでしょうか?
結論から申し上げると、申告はできます。
ただし、小規模宅地の評価減や配偶者の税額軽減といった特例が使えない場合があります。配偶者の相続分が決まらなければ税額軽減を受けようがありませんし、自宅を相続する人が決まらないと小規模宅地の評価減が受けられるかどうかがわからないからです。
そうした場合は、特例を受ける前の状態で申告し、多めの金額でいったん納税しなければならないので注意が必要です。
例えば、昨年7月末にAさんの父親が死亡し、今年5月末が相続税の申告・納付期限であるとします。相続人は母親とAさん、弟、妹の4人ですが、遺産分割協議で弟と妹が、「兄さんは父親から生前にかなり財産を贈与されていて法定相続分通りの分割では不公平だ」と主張し、協議が申告期限までにまとまりそうもないとしましょう。
こうした場合、自宅を相続する人や配偶者の相続分がわからないわけですから、特例は使うことができず、特例適用前の多めの税額を申告・納付することになります。
ただ、そのままでは、遺産分割協議がまとまり特例を受けられる状態になっても納めすぎを解消できません。そこで、申告の際に「遺産分割が3年以内に完了する」旨を税務署に届け出ます。そうすれば、分割終了後に余分に納付した税額を一定の手続きで還付してもらえます。
ただ、一時的にせよ、多めの税額を支払い、負担が増すのは避けられません。税理士は、「相続税がかかる場合は申告までに遺産分割も決着させるのが望ましい」と話しています。
遺産分割は早めに決着させる
ここでもう一度、相続税の計算の流れを振り返りながら、遺産分割協議が整わない場合の影響を頭に入れておきましょう。
相続税の計算では、まず被相続人の遺産総額を計算します。被相続人の自宅や金融資産などの課税上の評価額を合計します。
預金は残高がそのまま評価額となりますが、自宅は配偶者や被相続人と同居していた子供など相続するばあいに評価額を80%減らせる特例があります。「小規模宅地の評価減の特例」です。これが自宅を相続する人が決まらないと使えるかどうかわかりませんから、特例適用前の評価額にするしかありません。
次に遺産総額から基礎控除を差し引き、相続税の総額を算出します。相続税の総額は遺産総額から基礎控除を差し引いた金額を相続人が法定相続分で分けたと仮定して計算した個々人の税額を合計した額です。
相続人一人一人の納付額は、総額を相続人の実際の相続割合で按分した額です。配偶者には「配偶者の税額軽減の特例」があります。これは配偶者の納付額が配偶者の法定相続分または1億6000万円のいずれが多い金額までならゼロになるというものです。配偶者の相続分が決まらなければこれは使えません。
配偶者の分どころか相続人全員の相続分がわかりませんから、相続税の総額を案分しようがありません。遺産分割が決着していなければ、とりあえず法定相続分で相続したと仮定して計算した相続税の総額を相続人全員で納税することになります。
実際の相続分が決まるまで、相続人によっては実際に負担するよりも多めの金額を負担することもありえます。遺産分割が決着した後は、そうした状態を解消するために相続人の間で調整しなくてはならないので大変です。
相続が発生しても、葬儀などで数カ月は慌ただしく過ぎてしまうことが多いのですが、特に相続税の申告が必要な場合には、遺産分割は早めに決着させたほうがよさそうです。
監修者
氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)
-コメント-
相続問題は相続人によって異なります。相続人は親族であり、その後も長い時間をかけて付き合う可能性が高い相手。だからこそ、円滑に、そしてお互いが納得した遺産相続手続きを進めたいですよね。