1.他の相続人から相続分を放棄するよう言われたけれど…

よく,このようなことを言われるご相談者の方がいらっしゃいます。
例えば,兄弟二人で,お母さまがお亡くなりになったとします。

お父さまが亡くなられた時には,お母さまが健在であったため,お母さまが全て相続することで兄弟二人も納得していました。その後,お母さまと同居していた長男夫婦がお母さまの面倒を看て,お母さまが亡くなられてしまいました。お母さまが亡くなられた際,お母さまの財産としては,お父さまから引き継いだ自宅不動産があるだけでした。お母さまの葬儀を終えたところで,長男は二男に対し,自分が母親の面倒を看ていたのだから,相続は放棄するように伝えました。

実はこの兄弟,兄弟仲はあまりよくなく,二男も長男との関わり合いを避けていたこともあり,その件をよくよく考えずに了承し,その後一切なにもしていませんでした。しかしながら,なんとなくその件が気になっていた二男は,お母さまの一周忌を迎えられたことを機に,改めて当センターに相談をされたのでした。

 

2.相続放棄とは裁判所で行う手続き

 この事例では,相談者であった二男から詳しくお話を伺ったところ,長男が言う,相続を放棄するということは,お母さまの財産である不動産については,長男が単独で相続をするということに了承せよ,ということのようでした。

そもそも相続放棄とは,相続放棄をしようとする相続人本人,若しくはその代理人が,家庭裁判所に相続放棄をしたい旨の申述をし,裁判官の審理を経て行われる手続きです。その申述は,民法により,自己のために相続の開始があったことを知ったときから 3か月以内にしなければならないと定められています(民法第915条)。そして相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなされるのです(民法第939条)。

 

3.遺産分割協議の中での相続分の放棄

しかしながら,本件については,二男は裁判所で相続放棄の手続きなどはなにもしていません。一方で,遺産分割について,二男は相続しない旨を了承はしたものの,遺産分割協議書などの作成は一切行っていません。仮に,お母さまの遺産であった自宅不動産を第三者に売却しようとする時には,お母さまの名義のまま,買主に直接名義を変更することはできません。そのためには,遺産分割協議書をきちんと作成し,印鑑証明書を添付し,登記上の名義も変更しておかなければならないのです。

 

4.相続放棄と遺産分割協議の大きな違い

故人の財産を相続しないという意味で「放棄」という言葉が用いられることが多いようですが,相続放棄の手続きを行うのと,遺産分割協議で相続分を放棄することでは,結果が大きくことなることがあります。それは「負債(債務)」についてです。

相続をするということは,プラスの財産だけでなく,負債のようなマイナスの財産も引き継ぐこととなるのです。

相続放棄の手続きを家庭裁判所で行うことで,初めから相続人でなかったことになるため,債権者に対して,自分は相続人でないことを主張することができます。

しかしながら,上記のような例で,遺産分割協議で相続人の一方が引き継いだ旨を示していたとしても,それは当事者間での取り決めなだけであって,債権者に対しては何ら効力はありません。仮に,相続財産を引き継ぐと主張した相続人が支払うことができなくなってしまえば,債権者は法定相続分に従って,相続人それぞれに対して請求することができてしまうのです。

以上のとおり,一概に放棄をすると言っても,場合によっては大きな違いが出てしまうことがあります。少しでも思い当たることがある方は,是非とも当センターまでご相談ください。

監修者

氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)

-コメント-
相続問題は、家族や親族がお亡くなりの際、必ず発生します。誰にとっても、将来必ず訪れる問題だと言えます。わからないことや不明点は積極的に専門家へお尋ねすることをおすすめします。