相続分を譲ると言われたが…

父が死亡しました。法定相続人は、母と長男であるわたしと、長女・二女の4人です。
遺産相続に際して、母は自分の相続分は、同居しているわたしに全て譲ると言っています。このような場合、どのようにして遺産分割を行えば良いのでしょうか。

相続放棄と相続分の譲渡

このようなご相談の場合、多くの相談者の方が、まずは母が相続放棄をした上で、残りの相続人間で遺産分割協議をする、とお考えになるようです。
仮に法定相続分どおり相続した場合の各相続人の割合は、以下のとおりとなります。

母 …2分の1、長男…6分の1、長女…6分の1、二女…6分の1

ところが、相続放棄には、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、被相続人の最後の住所を管轄する家庭裁判所にその旨の申述をしなければならないという、時間的な制約があります(民法915条1項)。
また相続放棄をした相続人は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされることから(民法939条)、その結果、各相続人の法定相続分に関しては以下の通りです。

長男…3分の1、長女…3分の1、二女…3分の1

この場合、結果的には、母の相続分が長男・長女・二女の3人に、6分の1ずつ移転したことになります。(勿論、その後の遺産分割協議で、長男に多く相続させることは可能ですが、相続人全員の合意が必要となります。)

一方で、「相続分の譲渡」については直接の規定はないものの、相続分の取戻権(民法905条)において「共同相続人の一人が遺産分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価格及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる」という規定があることから、

自身の相続分を譲渡することが可能であるとされています。これによって、相続分を譲り渡した者は相続人としての地位から外れ、遺産分割協議にも加わることができなくなり、逆に相続分を譲り受けた者は、その者が法定相続人でない第三者であっても、相続人の地位を得ることとで遺産分割協議に参加することができるようになるのです。

因みに、上記の例で、母が相続分を長男に譲渡した場合の各相続人の割合は、

長男…6分の4、長女…6分の1、二女…6分の1

上記となり、長男の相続分が増えることとなり、母が相続放棄をした場合とは相続分が異なることになるため、本件のご相談内容のように相続分を譲り受けることができる場合には、こちらの方法を活用する方がよいのではないかと思われます。
例の他、相続分の譲渡が利用される例としては、遺産分割協議において、自分の遺産の配当分については争うつもりもなく納得しているものの、他の共同相続人間でなかなか合意ができないような状況で、自分は遺産分割の煩わしさから早く脱却して遺産分を受け取りたいような場合に、他の相続人に対して、自己の相続分を売却というかたちで譲渡することで、実質的な遺産の配当を早期に実現することができるのです。

あるいは、遺産はまったく受け取らなくてもいいので、遺産相続の争いに関り合いになりたくないというような場合に、他の共同相続人にその相続人たる地位を無償で譲渡するような例も考えられます。

 

相続分譲渡の方法

相続分の譲渡については、遺産分割の前に行われなければならないという要件以外には、特別な要件や法定の方法や形式が定まっているわけではありません。
しかしながら、相続人の地位の譲渡という、非常に重要な権利の異動であるため、事後のトラブルを防止するためにも、売買(有償)若しくは贈与(無償)であると問わず、「相続分譲渡契約書」などの契約書面を作成し、両当事者が署名及び実印を押印した上で、印鑑証明書を添付して保管しておくことをお勧めします。
また、相続財産に不動産が含まれる場合には、所有権移転の登記手続きが必要になるため、戸籍等の書類も譲渡の書面作成時に準備しておく方がいいでしょう。

相続分の取戻権(民法905条)

相続分の譲渡は、必ずしも相続人間でされるとは限りません。共同相続人以外の第三者が相続分を譲り受けることになると、遺産分割協議にまったくの赤の他人が介入してきて、被相続人の財産の分割を求めることができるようになってしまい、遺産分割協議がスムーズに進まなくなってしまうことも出てきます。

そこで、民法では、相続分が第三者に譲り渡された場合に、他の共同相続人が、その相続分を取り戻すことができる制度を設けています。このことを、「相続分の取り戻し」と言います。

この取戻権は、共同相続人全員で行使しなくても、共同相続人のうちの単独で行使することもできます。取戻権を行使する者は、相続分の譲受人に対して、相続分の価額及び譲渡に要した費用を支払うことで、その相続分を再度譲り受けることになるのです。

この制度は、共同相続人の中に第三者が介入してくることを阻止するための制度であるため、譲受人が他の共同相続人や包括受遺者である場合には、この権利を行使するとは認められません。また、この権利の行使は、譲渡されたときから1か月以内に行使することが必要です。

以上のとおり、相続分の譲渡をうまく利用することで、遺産分割がスムーズに進むこともあるかもしれません。

監修者

氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)

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