先月、夫が他界しました。
私は夫と夫婦2人で、賃貸のアパートに住んでいました。
夫が他界して一ヵ月後、大家さんが自宅に訪ねて来て、突然「この部屋は来月末までで契約期間が満了になる。更新はしないので来月中に退去してほしい」と言われてしまいました。
わたしは驚いて「借り主が希望すれば更新手続ができるはずでは…」と訴えましたが、「借家権を主張できるのは、賃貸借契約者の当事者であるご主人であり、その当事者であるご主人がお亡くなりになった以上は契約も終了します。
このままでは、あなたは不法占拠している状態になってしまいますよ」と言われてしまいました。
賃貸借契約の当事者である夫が亡くなったら、その賃貸住宅には住むことはできないのですか?
このままでは、新たに住まいを探さなければならなくなってしまうのですが、本当に退去しなければならないのでしょうか?
■賃借権(借地権・借家権)は相続することができるのか?
1.そもそも「賃借権」とは、一定の賃料を支払うことと引き換えに、目的物の使用、収益を行なう権利のことをいいます。建物所有を目的として土地を賃借する場合の「借地権」、建物を賃借する場合の「借家権」については、借地借家法という法律で特別な保護がされています。
賃借権は、それ自体に目的物の使用収益件という財産的価値があり、また一身専属権でもないため、財産的な価値のあるものとされ遺産相続の対象となります。
ただし、賃借権は分割することが出来ないため、相続人が複数いる場合には、相続人全員が共同で相続することになります。
2.家賃を支払ってアパートやマンションを借りる場合、賃貸人と賃借人との間で賃貸借契約を締結するのが一般的です。
ところで、賃貸借契約の当事者一方が亡くなり相続が発生してしまうと、相続人は、被相続人の一身に専属する権利を除いて被相続人の権利義務一切をそのまま承継します。
したがって、アパートを借りる権利(=借家権)も被相続人の財産であり、当然に相続の対象となりますので、何ら手続を経ることなくして相続人が承継することになります。相続人は被相続人の権利義務いっさいをそのまま承継しますので、借家権を第三者に譲渡・転貸するわけではありませんから、賃貸人(家主)の承諾はいりません。
なお、相続の対象とならない「一身に専属する権利」とは、その権利義務の性質上、被相続人だけが受けることができる権利のことを言い、「帰属上の一身専属権」と「行使上の一身専属権」に分類されます。
帰属上の一身専属権とは、当事者の個人的信頼を基礎とする法律関係のことを言い,具体例としては、身元保証人や扶養請求権、生活保護の受給権などがこれに該当します。
一方で、行使上の一身専属権とは、行使するか否かを本来の権利者個人の意思に委ねるのを適当とする権利のことを言い、具体例としては、離婚請求権や、精神損害に対する慰謝料請求権などがこれに該当すると考えられます。
■大家さんからの一方的な申し出で、更新の拒絶ができるのか
1.今回のご相談の事例では、大家さんが借主の相続人に対し、契約期間の満了に伴い契約更新はしないから出て行け、と少々乱暴な申し出があったようですが、本当にそんな話が通るのでしょうか。
例えば、契約期間を平成26年4月1日から平成28年3月31日までの2年間と定めた、アパートの賃貸借契約があったとします。借主が契約更新を希望せずに、契約期間の満了を以って退去する旨の申し出があったのであれば、契約は平成28年3月31日で終了となります。
一方で、貸主と借主の間で、契約を更新するについての合意があれば、その合意に基づいて新たに契約は更新されることになります。
ところが、貸主に契約更新の意思がなく、契約期間の満了で借主に退去してもらいたい場合でも、建物の賃貸借契約については、借主には借地借家法の保護があるため、契約上定められた期間が満了しても、それだけでは借主に退去してもらうことはできないのです。その場合には、予め借主に対して、契約期間満了の1年前から6か月前までの間に、契約を更新しない旨の通知をしなければなりません。
上記の事例では、大家さんは、平成27年4月1日から同年9月30日までの期間に契約を更新しない旨の通知を借主に対してしなければなりません。この更新しない旨の通知をしないまま契約期間が満了すると、契約は法律によって当然に更新されることになります。これは「法定更新」と言います。
2.しかしながら、更新しない旨の通知をしたことを以って、契約期間満了時に契約が当然に終了するわけではないのです。
たとえば、大家さんが更新しない旨の通知をしたにもかかわらず、契約終了後も借主が建物に居座り続けているような場合には、大家さんは借主に対して、速やかに異議を述べなければなりません。しかも、この異議には、「正当事由」がなければならいのです。
3.この正当事由とは、大家さんが賃貸中の建物を自ら使用したりしなければならない事情(「建物使用の必要性」)のことを言い、たとえば、賃貸中の建物を自分や家族の居住の用や、事業のために使用する必要があったり、建替えの
必要性があったりする場合がこれに含まれるとされています。
また、この建物使用の必要性については、貸主側の事情だけでなく、借主側の事情も併せて当然考慮されることになるので、その双方の建物使用の必要性のほか、建物の賃貸借に関する従前の経緯や、建物の利用状況、建物の現況なども総合的に考慮されることになります。加えて、貸主から借主に対して、いわゆる立退き料の提示などがあった場合も、考慮される材料となるのです。
4.大家さんが異議を述べなかったり、異議を述べたけれども正当事由に該当するような事由がなかった時にもまた、賃貸借契約は法律によって当然に更新されることになります。これも法定更新なのです。
つまり大家さんが契約更新を拒否したいときには、➀所定の期間内に、契約更新をしない旨の通知、➁契約期間が満了すること、➂速やかに異議の申し立てをすること、➃正当事由、の全ての条件を満たす必要があり、一つでも欠けるようなことがあれば法定更新となるのです。
考察
これらのことから、今回のご相談者の例では、法定更新になる可能性が高いのではないかと考えられます。
また、借主の相続人に対し、貸主から再契約を求められたり、「名義変更料」「再契約」などの名目で金銭を請求されたりすることがあるようですが、これは法律的には全く根拠がないため、応じる必要はありません。
■被相続人と同居していた方が、相続人ではない内縁の妻であった場合は、借家権を相続できるか。
たとえば、今回の相談事例が、仮に内縁の夫であったあった場合はどうなるでしょうか。
1.所謂、内縁の夫とか妻(内縁配偶者)とは、婚姻届を提出しておらず入籍はしていないものの、実質的には夫婦同然の生活をしている者を言います。
また、事実上の養子とは、実親子関係はなく、且つ養子縁組届を提出していないものの、実質的には親子同然の生活をしている者を言います。
内縁配偶者も、事実上の養子も、法律上の夫婦や親子でないため、相続権はありません。
2.しかしながら、借地借家法第36条では、同居していた内縁配偶者や事実上の養子を保護する規定も設けております。
「居住の用に供する建物の賃借人が相続人なしに死亡した場合において、その当時婚姻又は縁組の届出をしていないが、建物の賃借人と事実上夫婦又は養親子と同様の関係にあった同居者があるときは、その同居者は、建物の賃借人の権利義務を承継する。ただし、相続人なしに死亡したことを知った後、1月以内に建物の賃貸人に反対の意思を表示したときは、この限りではない。」
但し、これは賃借人に相続人がいない場合です。
それでは、亡くなった賃借人に相続人がいる場合はどうなるでしょうか。
賃借人に相続人がいた場合は、上記でご説明したとおり、建物賃借人の地位はその相続人に承継されることとなり、内縁配偶者や事実上の養子は、その建物の賃借権を承継することができないのが原則です。
3.このような状況で、今回の相談事例のように、大家さんから明け渡しの請求を受けた場合は、賃借権がないために退去しなければならないのでしょうか。
この点について、過去の判例では、内縁配偶者を救済するために、内縁配偶者や事実上の養子関係にある同居人は相続人の賃借権を「援用」することができるとしています。相続人の賃借権を「援用」できるということは、つまり、そのまま使用・収益を継続できるということです。
内縁配偶者は、亡くなった賃借人と家族同然に生活してきており、その点は大家さんも承諾していたはずでしょう。賃借人の同居家族は、賃借人の権利を援用してその家に住んでいたのですから、賃借人の死亡という偶然の出来事で、そこに住めなくなってしまうということになってしまうのでは、保護に欠けるという考え方に基づくものと考えられます。したがって、内縁配偶者は、大家さんからの明け渡しに応じる必要はないと考えられます。
4.それでは、上記の事例で、内縁の夫に相続人がいて、その相続人から明け渡しの請求を受けた場合は、どうなるでしょうか。
この場合は、内縁配偶者は、相続人の賃借権を援用することはできません。
もっともこの場合は、相続人は、死亡した賃借人と同居しておらず、別の場所に住んでいたのでしょう。
相続人自身がその賃貸物件に住むわけでもないにもかかわらず、被相続人と同居していた内縁配偶者に対し明け渡しを要求することは、内縁配偶者の居住の利益を奪うこととなり、非常に酷な結果になってしまうことが考えられます。
つまり、それまで居住していた内縁配偶者が立ち退きを迫られる一方で、相続人がその賃貸物件に住む必要性があるという特別の理由がない限り、相続人による明け渡しの請求は「権利の濫用」であるとして、応じる必要はないと考えられます。
ただし、内縁配偶者は賃借権を相続するわけではないので、賃貸借契約上の家賃を支払う義務は相続人が負うことになってしまい、法律上不安定な状況になるため、あまり好ましい状況ではありません。そこで、大家さんと内縁配偶者、そして相続人を交えて、新たに賃貸借の契約を結び直すなどの対策を講じる方がいいでしょう。
以上は民間の賃貸住宅の例ですが、公営住宅の場合は、また考え方が異なってきます。
過去の判例では、公営住宅は、所得の低い人に幅広く公営住宅を供給するという目的から、入居者が死亡した場合、その相続人は、公営住宅を使用する権利を当然に承継するものではないと考えられています。
とはいえ、各地方自治体の条例等に従って一定の条件を満たせば、同居人は、引き続き公営住宅への居住が認められている場合もあるようですので、その点については確認してみた方がよいでしょう。
監修者
氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)
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