これから会社を継ぐ後継者の方は、会社の株式を取得したあとの相続税又は贈与税について頭を悩ませているのではないでしょうか?
そんな後継者の方、「自社株納税猶予の特例」というのをご存知ですか?
この特例は政府が中小企業の円滑な事業継承のために制定したものなのですが、一体どのような内容なのでしょうか?

自社株納税猶予の特例の趣旨

自社株納税猶予の特例は、正確には「非上場株式等についての相続税及び贈与税の納税猶予及び免除の特例」(事業承継税制)と言います。

例えば同族会社、いわゆる一族経営をしているような中小企業で、代表をしている父親が株式を保有していた場合、後継者に事業を引き継がせる際には、代表の地位と共に株式の移転も行います。
この株式の移転がされれば、父親の生前の移転であれば贈与税が、亡くなった後の移転であれば相続税が課されます。この株式の価値によっては、高額の贈与税や相続税が、後継者への負担となってしまうのです。これが、円滑な事業継承の妨げとなっています。

そこで、この特例を利用すれば、後継者が現在の経営者から自社株式を贈与または相続によって取得した場合、一定の条件を満たし、所定の手続きを行うと、贈与税・相続税の納税が猶予され、円滑な事業承継を行うことができる。というのが、この特例の趣旨なのです。

●事業承継の要件
まず前提として、自社株納税猶予の特例の対象となるのは、今後5年以内に承継計画を提出し、10年以内に実際に承継を行う経営者です。

【先代経営者の主な要件】
・会社の代表者であったこと。
・(相続・贈与の直前で)一族で議決権の50%超、一族の中で筆頭株主。
・(贈与の場合)代表を退任すること(またはしていること)。

【後継者の主な要件】
・会社の代表者であること。
・(相続・贈与の直後から)一族で議決権の50%超、一族の中で筆頭株主となること。
・(贈与の場合)20歳以上。
・(贈与の場合)役員就任後3年経過。
・(相続の場合)相続の直前において役員であったこと(60歳未満で死亡した場合を除く

【会社の主な要件】

業種中小企業者

(以下のいずれかの条件を満たすこと)

資本金の額又は出資の総額常時使用する従業員の数
製造業、運輸業、建設業、その他の業種3億円以下300人以下
卸売業1億円以下100人以下
小売業5,000万円以下50人以下
サービス業5,000万円以下100人以下

「納税猶予」だが「免除」されることもある!

納税「猶予」ですので、基本的には税金の納付が先延ばしにされているという事になります。
そしてこの制度は、要件を満たして猶予が始まってから5年間、守らなければいけない決まりがあります。途中でこの決まりを破ってしまった場合には、猶予されていた税金は利息をつけて納めなければなりません。

主な決まりは、以下の3つです。
1.後継者が5年間、会社の代表者であり続けること
2.後継者が会社の株式を保有し続けること(株主であり続ける事)
3.5年間会社の雇用の平均8割を維持すること(※事実上撤廃。詳細は後述します)

しかし、5年経てばすぐに税金が免除されるというわけではありません。
5年経ったら、会社の代表を辞めても良いし、雇用の8割も維持しなくてよくなります。しかし1つだけ守り続けなければいけない決まりがあります。
それは株式を保有し続けなければならないということです。

株式を売却、または会社を解散した場合は、今まで猶予されていた税金を支払わなければなりません。
ただし、5年間決まりを守った後、税金を支払うことになった場合には、5年間分の利子税は免除されますので、利子税分だけは得をすることになります(利子税は年利0.8%)。

では、どうすれば免除されるのかというと、後継者がこの制度を使ったうえで、次の後継者に事業を承継すれば、税金が免除されます。
初代から2代目に承継される時の贈与税や相続税は、2代目から3代目に事業を承継できた場合に免除される、というわけです。(ちなみに2代目が亡くなった場合も、税金は免除されます。)

自社株納税猶予の考え方

自社株納税猶予の特例は、
・贈与税に対する特例
・相続税に対する特例
この2つが一体となった制度となっています。

まず基本として、相続税の納税猶予の特例があります。
そのうえで、次の世代へ、事業の早期移転や計画的移転を促進するために、贈与税の納税猶予の特例があるという事になります。
ですので、贈与税の納税猶予の特例を受けている最中に先代の経営者、または後継者が亡くなって相続が発生した場合には、納税猶予中の贈与税は免除されます。
そして贈与税が免除されても、相続が発生すれば相続税が発生しますが、一定の要件に該当すれば、その相続税も納税猶予へ移行することができるというわけです。

平成30年度の税制改正による大幅な条件緩和

政府によって平成21年に制度されたこの制度ですが、制定されてから8年、税金を免除する条件が厳しかったことなどもあり、この制度を利用する人はとても少なかったそうです。
この問題を解決するため、平成30年度の税制改正によって、事業承継税制の特例措置が創設され、大幅な条件緩和がされることになりました。これにより、円滑な事業承継が可能になったというわけです。

今までの制度から、どのように緩和されていったのでしょうか?

改正ポイント①:納税猶予対象株式数と納税猶予割合の拡大

原則の制度では、納税猶予の対象とされる株式数は、発行済み株式の2/3が上限となっています。また、贈与税の納税猶予の割合は100%ですが、相続税の納税猶予の割合は80%です。
つまり、原則の制度での株式にかかる納税猶予は
贈与税…発行済み株式×2/3×100%=発行済み株式の約66%
相続税…発行済み株式×2/3×80%=発行済み株式の約53%
しかなかったという事になります。

これが、特例制度によって、納税猶予の対象とされる株式数は、発行済み株式の全株式が対象となり、贈与税・相続税共に納税猶予の割合は100%となりました。
贈与税・相続税を支払うことなく事業継承を行うことができるようになったというわけですね!

改正ポイント②:納税猶予対象者の拡大

原則の制度では、納税猶予の対象は、一人の経営者(先代)から、一人の後継者への贈与や相続がなされる場合のみでした。ですので、例えば先代の妻が持っている株式の贈与については、納税猶予の対象ではないため、贈与税を負担しなければならないことなどから、後継者に株式を集約できない、などという問題がありました。
また、後継者も一人だったため、例えば兄弟で共同経営をする場合など、一人の後継者しか納税猶予の対象とならず、中小企業の経営のニーズに合っていませんでした。

特例制度では、複数の株主(親族以外も含む)から、代表者である後継者(三人まで)への贈与や相続も対象となります。
(ちなみに原則の制度も、複数人からの株式の贈与も納税猶予の対象に変わります。)
ただし、先代の経営者以外の者からの贈与については、特例継承期間(5年)以内にこの贈与にかかる申告期限が到来するものに限られます。

改正ポイント③:雇用者数確保要件の実質的な撤廃

原則の制度では、納税猶予の適用後、雇用者数が5年間で平均8割維持することができなかった場合、納税猶予が打ち切りとされ、猶予されていた贈与税・相続税に利子をつけて全額納付しなければなりませんでした。

この原則は変わりませんが、特例制度によって、5年間で平均8割を維持できなかった場合でも、猶予は継続されることとなりました。
ただし、雇用確保要件を満たすことができなかった理由を記載した書面を都道府県に提出しなければならなりません。また、この書面には認定経営革新等支援機関(クオリス等)の指導・助言を受けて、その内容を記載しなければなりませんので、ご注意ください。

改正ポイント④:解散時等のリスクの軽減

後継者が売却や廃業を行った際は、納税猶予は打ち切られるため、納税をしなければなりません。
原則の制度では、経営環境の変化などによって株価が下落してしまっていた場合でも、納税猶予が取消になった際の贈与税や相続税の額は、事業承継時の株価を基準として課されることとなっていました(つまりは税負担が大きかったというわけです)。

特例制度では、後継者が売却や廃業を行った際の売却額や評価額を基準として納税額を計算することにより、承継時の株価を基準として計算された納税額との差額は減免されることとなります。

まとめ

この特例制度は、中小企業の事業承継のために、大いに役立つものだと思います。
ただし、内容はかなり複雑で、ここにまとめている以上に細かい条件がたくさんあります。そして、複雑であるため税理士さんなどに依頼することをおすすめしますが、今までこの制度を利用した方が少なかったため、詳しい税理士さんなどの数も少ないようです。
制度の利用を考えていらっしゃる方は、ちょっと大変かもしれませんが詳しい税理士さんを探して、きちんと適用されるよう進めていかなければならないかもしれませんね。

監修者

氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)

-コメント-
相続には様々な形があり、手続きや申請方法もケースによって異なります。専門知識が無い方は申請書の不備等で無駄な費用が掛かってしまう可能性もありますのでしっかりと相談することをおすすめします。