親が亡くなって、不動産や株式などを相続した場合、その財産には「相続税」がかかります。
例えば沢山の株式を持っている中小企業のオーナーが亡くなった場合、もちろんその株式にも相続税は発生します。そして相続税は、現金で支払わなければなりません。
株式を子供が1人で相続した場合は何とかなるかもしれませんが、複数人兄弟がおり、その内の誰か1人が相続した場合は、相続人が相続しなかった別の兄弟に現金などを分けなければ不公平になってしまいます。
その結果、株式を相続した相続人が相続税を支払えなくなり、会社を解散しなければならなくなった…などという事になってしまい、中小企業の事業継承が円滑に行われないことが問題となっているのです。

そこで、政府は平成21年に「事業承継税制」という制度を設けました。

しかし、設定されてから8年、税金を免除する条件が厳しかったことなどもあり、この制度を利用する人はとても少なかったそうです。
これを受けて、平成30年度の税制改正によって、事業承継税制の特例措置が創設され、大幅な条件緩和がされることになりました。これにより、円滑な事業承継が可能になったというわけです。

さて、前置きが長くなりましたが、そもそも事業承継税制とはなんなのか、また新しい事業承継税制はどんなものなのか、詳しくみていきましょう。

新しくなった「事業承継税制」

そもそもこの制度は、先代の経営者から後継者に株式を生前贈与する時、または、相続させる時に使える制度です。趣旨としては“中小企業が事業承継するのであれば、相続税や贈与税を大幅に減らしましょう”というものです。
平成30年1月以降、この制度を使った場合、株式にかかる相続税や贈与税は何と100%免除されます。

何億円規模という税金を免除することとなっても、業績の良い会社を廃業させない事、また雇用を失わない事など、中小企業に頑張ってほしいという願いが込められた制度というわけです。

●事業承継税制の対象者の要件
まず前提として、事業承継税制の納税猶予の対象となるのは、今後5年以内に承継計画を提出し、10年以内に実際に承継を行う経営者です。

【先代経営者の主な要件】
・会社の代表者であったこと。
・(相続・贈与の直前で)一族で議決権の50%超、一族の中で筆頭株主。
・(贈与の場合)代表を退任すること(またはしていること)。

【後継者の主な要件】
・会社の代表者であること。
・(相続・贈与の直後から)一族で議決権の50%超、一族の中で筆頭株主となること。
・(贈与の場合)20歳以上。
・(贈与の場合)役員就任後3年経過。
・(相続の場合)相続の直前において役員であったこと(60歳未満で死亡した場合を除く

【会社の主な要件】

<tdサービス業

業種中小企業者

(以下のいずれかの条件を満たすこと)

資本金の額又は出資の総額常時使用する従業員の数
製造業、運輸業、建設業、その他の業種3億円以下300人以下
卸売業1億円以下100人以下
小売業5,000万円以下50人以下
5,000万円以下100人以下

※資産管理会社(不動産を管理するための法人)に該当しない事。

●新制度の変更点
・納税猶予の対象となる株式数の上限撤廃
・相続税の猶予割合の拡大
・納税猶予対象者の拡大
・雇用確保要件の緩和
・適用後のリスクの軽減
・相続時精算課税制度の適用範囲の拡大
などです。これから一つずつ、詳細にご説明いたします。

株式数の上限撤廃と、相続税の納税猶予割合の拡大

①納税猶予対象の株式数の上限撤廃
●改正前…
納税猶予の対象となるのは発行済み株式の2/3が上限。
●新制度…
発行済み株式の全株式が納税猶予の対象。

②納税猶予割合の拡大
●改正前…
相続税の納税猶予割合は株式にかかる相続税額の80%。
●新制度…
株式にかかる相続税額の100%。

まず、改正前は、納税猶予の対象が発行済み株式の2/3が上限、そして贈与税の納税猶予の割合が100%、相続税の納税猶予の割合が80%でしたので、実際の納税猶予の割合は、贈与税が約66%、相続税が約53%しかありませんでした。
これが、今回の改正による新制度では、納税猶予の対象は発行済みの全株式に変更となり、贈与税・相続税ともに納税猶予の割合が100%となりましたので、贈与税・相続税を支払うことなく、事業承継をすることができるようになったというわけです。

納税猶予対象者の拡大と雇用確保要件の緩和

①納税猶予対象者の拡大
●改正前…
納税猶予の対象は、一人の経営者(先代)から、一人の後継者への贈与や相続がなされる場合のみ。
●新制度…
複数の株主(親族以外も含む)から、代表者である後継者(三人まで)への贈与や相続も対象。
先代経営者だけが株を持っているケースは少なく、家族(配偶者や兄弟)も一部株式を持っていることが多いため、これらの株式も後継者への贈与の対象となりました。

ちなみに、先代経営者以外の他の株主からの贈与を対象にするためには、まず先代経営者からの贈与についてこの制度の適用を受け、その上でその贈与税の申告期限から5年以内に申告期限が来ることが必要だそうです。

②雇用確保要件の緩和
●改正前…
納税猶予税制適用後、雇用者数が5年間で平均8割維持することができなかった場合、猶予が打ち切りとなる(猶予されていた贈与税・相続税に利子をつけて全額納付しなければならない)。
●新制度…
5年間で平均8割を維持できなかった場合でも、猶予は継続される。
※ただし、雇用確保要件を満たすことができなかった理由を記載した書面を都道府県に提出しなければならない。また、この書面には認定経営革新等支援機関(クオリス等)の指導・助言を受けて、その内容を記載しなければならない。
人手不足の中、平均8割を維持することが困難だったため、この要件が事業承継税制を利用する阻害原因でした。
今回の改正でも、この要件自体は存続しますが、きちんと条件を満たせば猶予は継続されます。実質的な雇用確保要件の撤廃によって、制度が利用しやすくなったという事ですね。

③適用後のリスクの軽減
●改正前…
後継者が売却や廃業を行った際、経営環境の変化などによって株価が下落してしまった場合でも、納税猶予が取消になった際の贈与税や相続税の額は、事業承継時の株価を基準として課されることとなっていた(税負担が大きかった)。
●新制度…
後継者が売却や廃業を行った際の売却額や評価額を基準として納税額を計算することにより、承継時の株価を基準として計算された納税額との差額は減免される。

改正前は、事業承継後に経営環境が悪化してしまった場合に、過大な贈与税や相続税が課されていましたが、改正により差額が減免されることになったので、リスクを軽減することができるようになっています。

相続時精算課税制度の適用範囲の拡大

相続時精算課税制度とは、被相続人(亡くなった人)に当たる親、相続人に当たる子の間で、いずれ相続されるであろう財産を先渡しすることができる制度です。
この制度を利用すると、贈与される財産の内2,500万円までが非課税となります。
贈与者は60歳以上の親又は祖父母、受贈者は20歳以上の子・又は孫と決まっています。
●改正前…
60歳以上の父母、または祖父母から20歳以上の子、または孫への贈与が対象。
●新制度…
現行制度に加えて、60歳以上の贈与者から、20歳以上の後継者への贈与も対象。

事業承継税制の適用を受ける場合、新制度によって、20歳以上の後継者の父母、祖父母以外の者からの贈与でも、相続時精算課税制度の対象となったという事です。

まとめ

今回の改正によって、納税の猶予の割合が100%となり、事業承継が円滑に進められるようになったことはわかりましたが、どうもかなり複雑な仕組みになっているようです。自分でやるより、税理士さんにお願いするほうが確実かと思われます。
ただし、これまで事業承継税制の適用を受けた企業が少ないため、経験のある税理士さんの数はかなり少ないようです。事業承継税制に詳しい税理士さんを探すのにも、少し苦労するかもしれませんね。
とはいえ、お得なこの制度、是非利用したいものだと思います。