日本で進み続ける高齢化社会の中で問題になる内容の1つとして「認知症」が挙げられます。
高齢の自分の親がもし認知症になってしまった場合に、相続する予定の財産をどのように処分していくかということを考えたことがありますか?
親が認知症だった場合、あらかじめ親の財産を法定相続人(民法によって定められた、相続人となるべき人のこと)である配偶者や子供に贈与をさせる手続きはできるのでしょうか?
贈与の手続きができるのかどうかや具体的な相談事例などを確認しておきましょう!
認知症の場合は名義変更ができない?
まず認知症の親の財産を配偶者や子供に名義変更することができるのかどうかという点についてですが、認知症になってしまった方は「本人に意思能力が無い」とされるため名義変更をすることはできません。
例えば親の財産が不動産だとすると、多くは第三者に売却するのか家族に贈与するのかといった選択をして名義を親から第三者または家族に変更することになりますが、名義変更を行うためには不動産を所有している「本人の意思」がなければなりません。
民法によって認知症などになって意思能力が無い状態で行った売却や贈与などの法律行為は無効となります。
つまり、認知症によって「本人の意思」が確認できない場合は名義変更を行うことはできないということになります。
ではこの場合はどうすれば良いのかという話ですが、本人の代わりに「成年後見人」を選任して売却や贈与の手続きを進めていくことになります。
成年後見人とは、精神上の障害(知的障害、精神障害、認知症等)によって意思能力の無い者(成年被後見人と言います)の代わりに、法律行為の代理・取消や財産の管理や療養看護の義務を負う者のことを言います。
この成年後見人が権限の範囲内で、成年被後見人“本人のために”財産管理を行います。
本人のためにとなっていますので、例えば本人が施設に入るための資金を用意するための不動産売却や、不動産が老朽化して倒壊する恐れがある場合などの取り壊しなどが該当すると考えられます。
では、具体的な相談事例を確認していきましょう。
相談事例
「父が認知症であることが分かりました。まだ軽度ですが今のうちに、不動産の名義を家族に変更しておいた方がよいのでしょうか?」
認知症の家族会などで、よく相談される事案です。
したがって、軽度の認知症が発覚した場合に取るべき方法は、2つです。
方法➀
今は何もせず、認知症が重度化した「後」に、不動産の売却が必要となったタイミングで、後見人を選任し対応してもらう方法。
方法➁
認知症が重度化する「前」に、不動産の名義を家族に変更しておき、新しい名義人である家族の判断でいつでも不動産の売却ができるようにしておく方法。
それぞれのメリット、デメリット
方法➀ 後見人を選任し対応してもらう方法
【メリット】
後見人は、家庭裁判所によって選任され、被後見人(認知症などで保護が必要な方)の財産管理について正式に代理権が与えられるため、家族間でトラブルになりにくく、後見人の判断で不動産の売却が進められるようになります。
【デメリット】
後見人は、被後見人を保護するために選ばれた代理人ですので、原則、被後見人の利益になることしかできません。
子の生活費に充てるために家を売却することはできないなど目的に制限がかかります。当然、親子間の生前贈与なども認められにくいです。
また、後見が開始すると、被後見人の判断能力が回復するか、死亡するまで後見は続くため、不動産の売却が終わったとしても後見は終わらず、後見人は、家庭裁判所へ定期的に通帳のコピーなどを提出し業務報告をし続けなくてはなりません。また、後見人が弁護士や司法書士のなどの専門家の場合は、後見報酬を払い続ける必要もあります。
方法➁ あらかじめ家族に名義を移す方法
【メリット】
早い段階で名義を家族に移すことにより、新しい名義人である家族が、売りたいタイミングで、自由に売却することができるようになります。
【デメリット】
やり方を間違えると多額の税金が課せられてします。
不動産を名義変更する際は、相手が家族であったとしても、売買や贈与といった法律上の原因が必要になります。売買の場合は当然、不動産の価値に見合った対価を支払う必要があり、贈与の場合は、もらう側に贈与税が課されます。
贈与税がかからない特例
「夫婦間の居住用不動産の贈与の特例」
夫婦間の居住用不動産の贈与の特例とは、婚姻期間が20年以上経過した夫婦間で自宅として使用している居住用の不動産を贈与する場合や、新たに居住用の不動産を取得するための資金の贈与を行った場合に、基礎控除(年間110万円までの贈与は基礎控除を受けることができます)の他に最大2,000万円の配偶者控除を受けることができる制度のことです。
例えば婚姻期間20年を超えた夫婦の夫から、妻に3,000万円の不動産が贈与された場合は次の計算式に当てはめて計算しますので、
贈与税=(贈与財産額-2,000万円-110万円)×贈与税率
(3,000万円-2,000万円-110万円)×40%(※)=356万円
これが贈与税の金額となります。この2,000万円の控除を利用しなかった場合は1,445万円が贈与税の金額になりますので大きな違いがありますね。
※贈与税率は、控除額を引いた金額によって異なります。
夫婦間の居住用不動産の贈与の特例の適用要件は以下の通りです。
①夫婦の婚姻期間が20年以上経過した後の贈与であること。(内縁関係は不可)
②配偶者からの贈与が、自宅として利用するための国内の不動産であること。または自宅として利用するための国内の不動産を取得するための資金であること。
③贈与を受けた年の翌年3月15日まで該当する不動産に居住し、またその後も住みつづける見込みがあること。
④今までにこの特例を利用したことが無いこと。(一生に一度しか使えない特例のため)
⑤贈与を受けた年の翌年3月15日までに贈与税の申告をすること。(贈与税額がゼロでも申告が必要)
また、次にご説明する相続時精算課税制度との併用ができないことや、この制度によって控除されるのは贈与税にかかる部分だけですので、贈与税額がゼロだった場合でも不動産の名義変更にかかる登録免許税や登記費用、不動産取得税については別途発生しますのでご注意ください。
「相続時精算課税」
相続時精算課税制度とは、60歳以上の親または祖父母から、20歳以上の子または孫に贈与をする場合に2,500万円まで非課税で贈与ができる制度です。
2,500万円を超える部分については、一律20%の贈与税が課税されます。
しかし、こちらは一時的に非課税となるもので、贈与をした親または祖父母が亡くなって相続が開始した時には、制度を利用した金額を相続税申告の金額に含んで計算する必要があります。
ではこの制度を利用する意味があるのかどうかという点ですが、例えば相続税がかからない人は高額の贈与税を支払わなくて済みますし、相続する有価証券が将来値上がりすることが確実だという場合などは有価証券額が値上がりしても相続税の計算は元々の価格で評価されるので相続税を節税することができます。
ただし、この制度を利用するためには税務署へ申告をしなければなりません。
また、この制度を利用した場合は110万円の基礎控除を受けることはできなくなります。
そのため、利用したほうが節税になるのか、利用したらむしろ納税しなければならないのかという点をきっちりと把握しておかなければ損をしてしまう可能性がありますのでご注意ください。
軽度の認知症の場合の相続
認知症が軽度だった場合に行った売買や遺言は有効なのでしょうか?
まず、成年後見制度を利用する前に本人が行った法律行為(売買契約や遺言など)については、無条件に取消ができるわけではありません。しかし、成年後見開始の近い時期に意思能力が無かったという診断書などを用いて、意思能力が無かったとして契約などの取消を主張することはできます。
つまり、認知症であっても成年後見制度の利用前に売買や遺言といった法律行為は当然に無効であるというわけではないということです。
例えば軽度の認知症の方が遺言書を作成していたとします。
遺言書の作成には「遺言能力」が必要です。遺言能力とは自分が行う遺言について理解をし、その結果を認識できることです。軽度の認知症だったとしても遺言能力がある状態で遺言書を作成した場合は、その遺言は有効だと考えられます。
また、民法第973条に定められているのですが、成年後見開始後に成年後見人が選任されていたとしても、遺言能力が一時的に回復すれば遺言書の作成をすることができます。この場合は医師2人以上の立会いが必要です。
しかし次のようなケースは遺言が無効となると考えられます。
・本人の意思能力が失われている
重度の認知症で本人の意思能力が失われており、遺言が何かわからないような状態で作成された遺言は「意思能力のない者の意思表示」であり無効となります。
公証役場において公証人が作成した公正証書遺言であっても、この理由で無効となった判例があります。
遺言書を作成する場合は、遺言書を作成した時点で遺言能力を有していたことがわかる証拠を用意した上で、公証役場で公正証書遺言書を作成すると良いでしょう。
内容が複雑だったり身内同士で揉めるようなことがあるようでしたら法律のプロである弁護士などに相談することをおすすめします。
認知症の場合の相続放棄
相続人の中に認知症の方がおり、意思能力が無い場合には相続放棄をさせることができるのでしょうか?
この場合も、成年後見人を選任して成年後見人が本人に代わって相続放棄の手続きを行わなければなりません。
認知症の方が自ら相続放棄をすることはできないということです。
相続の場合は相続放棄が行えないだけではなく、遺産分割協議を行う場合も意思能力が無ければ協議に参加することができません。遺産分割協議は相続人全員で行う必要がありますので、認知症の方が協議に参加できないということは遺産分割協議を進めることができないということになります。
なぜ参加する事すらできないのかというと、意思能力が無い状態で遺産分割協議に参加することによって認知症の方が自分に不利な遺産分割をされていたとしても、そのことすら判断できないからです。相続放棄も同様です。
遺産分割協議は相続人全員に平等であることが原則です。そのうえで話し合いをして全員が合意することによって協議が整います。そのため、意思能力が無い状態では参加できないというわけです。そのかわり、成年後見人が代理で遺産分割協議に参加して話し合いを進めることになります。
成年後見人は誰にでもなることができますが、次の方は成年後見人になることができません。
①未成年者
②家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
③破産者
④被後見人に対して訴訟をし、又はした者並びにその配偶者及び直系血族五
⑤行方の知れない者
遺産分割協議においては、この条件に当てはまらなくても「利益相反」となる立場の者は成年後見人になることはできません。例えば相続人が兄弟二人で兄が認知症だった場合に弟が成年後見人になってしまうと、弟が遺産を多く取得し、兄が損をしてしまうという遺産分割協議をすることができてしまう=お互いに利益が相反するという結果になってしまうからです。利益相反となる成年後見人の選任は法律により禁止されています。
認知症の方が相続人の中にいる場合は、遺産分割協議を確実に進めていくためにも速やかに適任の成年後見人を選任しましょう。
まとめ
不動産の名義人が、重度の認知症などにより判断能力が低下すると、不動産の売却は、後見制度を利用する以外に方法がなくなります。
認知症が軽度の段階で、弁護士、司法書士、税理士といった専門家を交えて、家族とともに、将来の計画を立てることが必要です。
監修者
氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)
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