半年前に亡くなられたお父様(被相続人)の相続についてのご相談です。相談者には兄がおり、相談者の母も約10年位前に既に亡くなられています。
兄は音楽の道に進みたいということで、レッスン費用・音楽大学の学費・楽器代や衣装代等かなりのお金を親から負担してもらっており、総額にすると贅沢な家が買えるくらいの金額になっていました。

そのような経緯があったからなのか、数年前、父と兄と相談者が一同に会した際に、父は兄に対して、「2000万円の現金を生前に渡すので、自分が亡くなった際には、残りの財産は全て相談者に相続させる」と言い出しました。そのことについて、そのときは兄も同意をしておりましたし、相続についての知識も疎かったので、特に遺言書もなにも作成せず、その後に父は亡くなってしまいました。

葬儀等も無事に済ませた後、生前の約束どおり相続の手続きを進めようと、全てを相談者が相続する内容で遺産分割協議書を作成し、兄に署名捺印を求めたところ、法定相続分を主張すると言われ弁護士に相談しており、相続財産についても調査する旨の話がありました。

その後、兄の代理人から連絡が入り、相談者の子供(被相続人の孫)の家の購入時に父(被相続人)から資金援助があったことが発覚したので、その分の金額と相続財産の合計金額を基準として、そこから法定相続分である1/2を主張する、と兄が言っているとの説明を受けました。

相談者は、父(被相続人)が兄のために銀行へ行き、現金の引き出しをする際に同行したり、父が兄に現金を授受する際に同席したりしたこともあったことから、生前に2000万円を長男に渡すという口約束が実行されていたことも知っています。

兄も相談者も実家を出て離れた土地で生活をしていたので、母が亡くなってからは、相談者が2週間に1回位の割合で、買物や病院等の付き添いをするために、新幹線を使って実家まで通っており、その交通費等は全て自分で支払っていたのに・・・と落胆してしまいました。

相談者は、生前の約束どおり相続することはできないのでしょうか?

■そもそも口約束は有効・無効?

亡くなられた方(被相続人)から生前に「貴方にあげるから」という話が出ることはよくあることです。しかしながら、被相続人が生前に発した「私の物は全てあげるから」という言葉は遺言にはあたりません。

遺言は書面で残すことが大原則であり「口約束」では遺言と認められないのです。
このような被相続人の言葉は「単なる口約束」であるため、全く無意味とまでは言えず、被相続人が「贈与の意思を示した」ということにはなります。

死亡を原因として発生する贈与であることから「死因贈与」と呼ばれますが、かかる口約束も死因贈与として認められる場合もあります。

■死因贈与とは

「被相続人が言っていたから・・・」と主張するだけでは、死因贈与は認められません。死因贈与が認められるための条件は、

1.証人の有無

死因贈与を主張する本人のほかに、実際に見聞きした証人がいることが必要となります。証人は、被相続人が贈与の意思を示していたことを証言できる人であれば、親族でもご近所の方でも誰であっても問題はありません。

また、証人がいなかった場合でも、その事実を証明する財産を贈る人と受取人の両名の捺印がされている書面があれば条件を満たしたことになります。死因「贈与」と言われるように、財産を贈る人と受取る人の間で結ばれる「贈与契約」となるため、双方の同意を示すためにも両者の捺印が必須となるのです。

2.相続人全員が承諾すること

例えば、土地等の財産の名義変更をする際には、相続人全員の実印と印鑑証明が必要になることが多く、それらを相続人全員から取得できれば名義変更についての承諾が得られたことになります。

したがって、証人がいて、尚且つ、相続人全員の承諾が得られれば死因贈与が成立することになり、2つの条件が満たされて初めて「あなたにあげる」が現実になるのです。

以上の条件を踏まえて今回のご相談内容を考えてみると、お兄さま自らが証人になってくれることは考えにくく、また贈与契約書も作成されていないことから、死因贈与として認められるのは難しい事案であると思われます。

■特別受益

次に、被相続人から相談者の子供(孫)への資金援助の件について考えてみましょう。

特別受益とは、共同相続人の中で特定の相続人が、婚姻や養子縁組のため、若しくは生計の資本として、生前に被相続人から贈与を受けていたり,遺贈を受けたりしたときの利益のことを言います。

特別受益の場合、贈与された価額を加えたものを相続財産とみなし、贈与を受けた共同相続人は、法定相続分又は遺言で定められた相続分から贈与額を控除することで共同相続人間の公平を図ることになりますが、相談者の子供(被相続人から見て孫)は、父(被相続人)の相続人にはあたらないため,特別受益には該当しないと考えられます。

然しながら、孫が幼い子供であった場合などは、間接的には教育資金として親に当たる相談者への贈与であったとも考えられ、このような間接的な受益を相談者への特別受益とみる判例もあります。

孫への支援だから特別受益に当たらないはず・・・と考えがちな内容でも、色々な条件や経緯等の詳細を確認しないと判断できない内容も多いようです。
そのような場合には、容易な判断をせずに、まずはお気軽に専門家にご相談下さい。当センターでは、ご相談は無料で承っています。

監修者

氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)

-コメント-
相続問題は相続人によって異なります。相続人は親族であり、その後も長い時間をかけて付き合う可能性が高い相手。だからこそ、円滑に、そしてお互いが納得した遺産相続手続きを進めたいですよね。