■Q 両親と私(長女)、独立している長男と次女の5人の家族構成です。
父親が長期間入院中で、もし父親が亡くなってしまった時のために、あらかじめ家族全員で父親の財産をどのように分けるのか、事前に話合いをしておいて、相続の際に争いにならないようにしたいと考えています。

独立している長男は、結婚する時に父親から財産を分けてもらっており、次女も自身でマンションを購入した時に、父親に頭金を援助してもらっているため、2人とも何もいらないと言っています。
生前の遺産分割協議や相続放棄、遺留分放棄は可能なのでしょうか。

■A 結論は、被相続人(この場合、父親)の生前(相続開始前)に、遺産分割協議や相続を放棄しても、法律上は無効です。
ただし、例外的に相続開始前の遺留分放棄について家庭裁判所の許可を受けた場合に限り、有効とされています(民法1043条1項)。

相続開始前の遺産分割協議や相続放棄の効力について

相続開始前に、将来相続人(今回の場合、母親・長女・長男・次女)になる者の間で被相続人(今回の場合、父親)の財産の分配について話合いをしたり、その内容を書面にしたりしている場合が稀にありますが、相続開始前(今回の場合、父親が存命中)に遺産分割協議が成立したとしても法律上は無効です。
また、相続開始前に相続人となる者が遺産をいらないといって相続を放棄したとしても無効です。

相続放棄とは、相続人が相続開始(自分が相続人であること)を知った時から3ヶ月以内に、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に相続放棄の申述をし受理されなければ、法律上の効力は認められません。
よって、相続開始前に相続人らで父親の財産のすべてを母親にと決めても、実際に父親が亡くなった後、仮に、長男が相続の主張をしたような場合は、改めて遺産分割協議を行って、分割の内容を話合いで決めたり、法定相続分で分けたりすることになります。

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遺留分の放棄について

生前の遺産分割協議や相続放棄は無効ですが、父親が、自身の財産を母親と長女に相続させる旨や、長男や次女には生前に贈与をしていたという事実を遺言書として遺した場合、長男や次女が既に財産分与を受けていることを理由として、被相続人の存命中に被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に、長男と次女が自ら遺留分放棄の許可の手続きをとることは可能です。

よって、生前の遺産分割協議や相続放棄という方法とは異なりますが、遺言書と遺留分放棄という方法を用いることで財産の承継関係を決めておくことは可能です。
仮に、家庭裁判所で遺留分放棄の許可手続きをとらないで、長男や次女には一切相続財産がないという内容の遺言書だけでは、その遺留分を侵害することになる可能性が高く、長男や次女は遺留分の侵害を理由に遺留分減殺請求権を行使することが出来ます。その場合、相続人間で新たな紛争を生むことになりかねません。

遺留分とは、一定の相続人(配偶者・子・直系尊属)のために、相続に際して法律上取得することが保障されている遺産の一定の割合のことをいいます。

この遺留分を侵害した贈与や遺贈などの無償の処分は、法律上当然に無効となるわけではありませんが、遺留分権利者が減殺請求を行った場合に、その遺留分を侵害する限度で効力を失うことになります。
遺留分を有する相続人は、相続の開始前(被相続人の生存中)に、家庭裁判所の許可を得て、あらかじめ遺留分を放棄することができるのです。
なお、今回の場合長男及び次女の遺留分の割合は、基礎となる財産の法定相続分6分の1のさらに2分の1である12分の1となります。

遺留分放棄の許可手続き・遺留分放棄の有無の確認について

(1)遺留分放棄の許可手続き

遺留分の放棄は、遺留分権利者が被相続人の住所地の家庭裁判所に対し、「遺留分放棄の許可」の審判の申立を行い、家庭裁判所は、他の相続人から遺留分放棄を強制されるなど相続法の理念に反した事前放棄を防止するために、遺留分放棄が遺留分権利者の自由意思によるものか、放棄の合理性・必要性・代償性(遺留分放棄の引替えに何らかの代償があるか)があるか等を審理した上で、許可あるいは却下をすることになります。

(2)遺留分放棄の有無の確認

遺留分放棄の許可があると、その審判書がかかる遺留分放棄を申し立てた者宛に通知されます。
その後、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に他の相続人や受遺者などが,自身が利害関係人であることを示せば、遺留分放棄の許可の存否を照会申請することが出来ます。裁判所が利害関係の有無を認めれば、その照会に応じてもらえます。

最後に

両親が健在な時に財産の分け方について子供たちと円満に話をまとめ「うちは兄妹仲がいいので世間でいわれている争族とは無関係」と話をされている方が多いようですが、実際のところは、誰かが言いたいことも言わずに我慢をしていたり、想定していた相続財産自体が異なったり、相続人達の生活に変化があったりして価値観が変わることもあります。

また、仲の良い兄妹では兄妹の歴史を振り返り、「あの時お世話になったから・・・」「うちは何とか生活しているけど、●●は今生活が大変そうだから少し譲ろうか」とか、各々が考え自然に着地点が見えてくることもあるでしょうが、相続人の配偶者には兄妹の歴史は関係なく、「もらえる権利があるのだから・・・」「少しでも多く欲しい・・・」と間接的に口を挟まれることで、相続問題が発生し、典型的な「争族」になることも多いようです。
従って、我が家のマイルールで決め事をするのではなく、面倒くさがらずにやるべきことをしたり、専門家に相談したりすることをお勧め致します。

遺言書と異なり録音も証拠とはなりますが、相続人の1人が「こんな声ではなかった。」と言いだすと、「声紋鑑定」は非常に難しく、証拠として認められない可能性が高くなり、トラブルが長期化してしまうケースも多いです。
面倒くさがって必要なこと(書面での証拠化)を怠った場合が最もトラブルを起こしやすく、泥沼化し、不利益になってから対処しようとしても「時すでに遅し」とただ嘆くだけとなってしまいます。

監修者

氏名(資格)
古閑 孝(弁護士)

-コメント-
損をしてしまうのはいつも「知識不足の人」「やるべきことをしない人」で、知識不足ややるべきことをしないで損をしても誰も救ってはくれないのです。